相続の対象が不動産のみの場合、特定の相続人が不動産を相続すると、他の相続人は受け取れる遺産がないことになります。そのような場合、遺留分はどうなるのでしょうか。
遺留分は一定の範囲の相続人に保障された権利です。遺留分権利者である限り、必ず一定の割合の遺産を取得できます。遺産が不動産しかない場合は、遺留分に相当する分の現金という形で取得できるのです。
遺留分が侵害されている場合は、侵害額を正しく計算し、支払ってもらえるよう請求しましょう。
今回は、相続の対象が不動産しかない場合の遺留分の計算方法や請求方法などについて解説します。
相続の対象が不動産しかない場合の遺留分は現金で
遺産が不動産しかない相続の場合でも、遺留分は取得できます。かつては現物を共有する形でしか取得できませんでしたが、2019年に法改正があり、現在では現金で支払われるようになりました。
ここでは、遺産が不動産しかない場合の遺留分の請求について紹介します。
1.遺留分は不動産を含む遺産の評価額を算出して計算
遺留分はどんな場合も原則として現金で支払ってもらいます。遺産に不動産が含まれる場合も同様で、遺産が不動産しかなくても支払いの形式は現金です。また、遺留分の金額は各相続財産の評価額の合計を基に算出します。
2.法改正前は現物請求をするしかなかった
遺留分を現金で請求できるようになったのは、2019年7月1日に改正民法が施行されてからのことです。それ以前は、現金ではなく財産そのものを共有する形で取得していました。遺産が不動産しかない場合は、遺留分に相当する分を共有持ち分として取得するしかなかったのです。
これは非常に不便な方法でした。なぜなら、不動産は、売却など何らかの処分をするには、共有者全員の同意を得る必要があるからです。この問題を解消するために、法が改正されたのです。
遺留分を計算する前提として不動産の評価額を求める方法
実際に請求できる遺留分の額を計算するためには、遺産の総額を求めなければなりません。遺産総額の求め方、その際に必要な不動産の評価額の算出方法について説明します。
1.各財産の評価額を合計し遺産総額を求める
遺留分の額を計算するには、まず遺産の総額を求める必要があります。遺産の総額とは、各財産の評価額と合計したものです。その評価額は、現金であればそのままの価額となりますが、不動産や株式などは、それぞれ決められた評価方法で算出する必要があります。
2.不動産の評価額の算出方法は5種類
不動産の評価額を算出するには、以下の5つの方法があります。
①路線価
路線価とは、正式には「相続税路線価」といい、道路に面した土地の、1㎡あたりの価格のことです。具体的な価格は、下記国税庁の公式サイトから調べられます。
地域によっては定められていない場合もあり、その場合は同じく下記国税庁の公式サイトに掲載されている評価倍率表を用いて計算します。
その額は公示価格の80%程度の金額に設定されていることが多いでしょう。
②固定資産税評価額
固定資産税評価額とは、各自治体が固定資産税の額を算出するために設定した価額です。その金額は、毎年4月頃に自治体から送られてくる納付書で確認できます。公示価格の70%程度に設定されていることが多いでしょう。
③地価公示価格
毎年1月1日に地価公示法に基づいて国土交通省の土地鑑定委員会が公示する価格です。不動産取引を行ううえで、正常とされる価額の指標として発表されます。時価とは異なるものの、その価額は時価と近いことが多いでしょう。
④時価
時価とは実勢価格のことで、不動産売買を行う際に、取引が成立すると見込まれる価額です。実際の売買の際の価格そのものではありませんが、近似した値であるといえるでしょう。時価を知るには、不動産業者に査定を依頼して算定してもらいます。
⑤不動産鑑定評価額
不動産鑑定士によって評価された価格のことです。公平、中立な立場から鑑定してもらえるため、最も正確な時価を知ることができる方法といえるでしょう。ただし、鑑定には20万~100万円程度の費用がかかります。
3.採用する不動産評価方法の決め方
不動産の評価額の算出には5つもの方法がありますが、状況によって適した方法は異なりますが、相続においては自分にとって有利な方法を採用することが大切です。遺留分を請求する場合はできる限り評価額が高くなるよう、時価を採用するケースが多いでしょう。
一方、遺留分を請求される側は、評価額ができるだけ低く算出される方法を選択します。路線価か固定資産税評価額を用いることが考えられますが。実際は、請求側とは別の不動産会社に査定してもらった額を主張するケースが多いでしょう。
また、請求する側とされる側で折り合いがつかず、家庭裁判所で調停手続きを利用する場合は、双方の主張する金額の間を取ることもあります。
遺留分の計算に必要な遺留分の割合を確認する
続いて、遺留分の計算に必要な遺留分の割合を確認しましょう。
各相続人の遺留分の割合は、相続人の内訳によって決まる「総体的遺留分」と各相続人の法定相続分を掛け合わせて求めます。具体的な割合は以下のとおりです。
相続人 | 総体的遺留分 | 法定相続分 | 各相続人の遺留分の割合 |
---|---|---|---|
配偶者のみ | 1/2 | 1 | 1/2 |
子どものみ | 1/2 | 子どもの人数で分割 | 1人の場合:1/2 2人の場合:1/4 3人の場合:1/6 |
親のみ | 1/3 | 片親のみの場合:1 両親とも健在の場合:1/2 |
片親のみの場合:1/3 両親とも健在の場合:1/4ずつ |
配偶者と子ども1人 | 1/2 | 配偶者:1/2 子ども:1/2 |
配偶者:1/4 子ども:1/4 |
配偶者と子ども2人 | 1/2 | 配偶者:1/2 子ども:1/4ずつ |
配偶者:1/4 子ども:1/8ずつ |
配偶者と片親 | 1/2 | 配偶者:2/3 片親:1/3 |
配偶者:2/6 片親:1/6 |
なお、故人の兄弟姉妹には遺留分の請求権はありません。
侵害されている遺留分の額を計算する
実際に請求できる遺留分の額の計算は、以下の手順で行います。
1.自分の遺留分額を求める
自分のもらえる遺留分の額は次の計算式で求められます。
自分のもらえる遺留分の額=遺産の総額×自分の遺留分の割合
たとえば、遺産総額が4,000万円、相続人が配偶者と子ども2人であった場合、それぞれの遺留分の計算方法と金額は以下のとおりです。
配偶者の遺留分=4,000万円×1/4=1,000万円
子ども一人あたりの遺留分=4,000万円×1/8=500万円
2.遺留分侵害額を計算する
実際に侵害を受けている遺留分の額はいくらなのかを求めましょう。遺留分の侵害額は、以下の計算式で算出できます。
遺留分侵害額=遺留分の額-相続によって実際に取得した財産の額
たとえば、前出の遺産総額が4,000万円、相続人が配偶者と子ども2人であったケースで、配偶者が300万円、子どもがそれぞれ100万円ずつ遺産を取得していたとしましょう。その場合に実際に請求できる遺留分侵害額は以下のとおりです。
配偶者の遺留分侵害額=1,000万円-300万円=700万円
子ども一人あたりの遺留分侵害額=500万円-100万円=400万円
遺留分侵害額の請求方法
遺留分侵害額が求まったら、その分の支払いを相手に求めましょう。ここでは遺留分侵害額の一般的な請求手順と遺留分侵害額請求権の時効について紹介します。
1.遺留分侵害額の請求手順
遺留分侵害額の請求は、以下の流れで行うのが一般的です。
① 相手に請求する
まずは相手に遺留分侵害額を支払ってもらえるよう請求しましょう。請求方法は電話や対面で直接請求する方法でもかまいませんが、できる限り文書やメールなどで請求するのが望ましいでしょう。請求した事実が残った方が後でトラブルになった際に役立ちます。
また、相手との関係が良好ではなかったり、遺留分侵害額請求権の時効が迫っていて、請求した事実を確実に残したかったりするような場合は、内容証明郵便を利用し、配達証明付きで送付することをおすすめします。内容証明郵便とは、郵便局が「いつ、誰が、誰あてに、どのような内容の郵便を送ったのか」を証明してくれるサービスです。さらに、配達証明を付けておけば、相手方が書面を受け取ったことの証明もできます。争いになって裁判手続きを利用する場合には、有力な証拠として利用できるでしょう。
② 相手と交渉する
相手と話し合って、解決を目指します。ほとんどの場合、遺留分の額について調整することとなるでしょう。
しかし、遺産に不動産が含まれている場合は、その評価方法がいくつかあり、その金額にも開きがあるため、請求する側とされる側で争いが起こりやすいものです。話がこじれそうだと思ったら、早めに専門家や第三者に相談する方がよいでしょう。
話がまとまったら、合意書を作成し、支払ってもらえる遺留分侵害額や支払い方法、支払い期限などについて明記しておきます。
③ 話し合いがまとまらなければ調停手続き
当事者同士の話し合いで解決しない場合は、家庭裁判所に調停を申し立てます。調停とは、裁判所が間に入って、もう一度話し合いを行う手続きです。裁判官のほか調停委員という法律の専門家が公平、中立な立場から、法的観点から平等な解決策を提示し、問題解決へ導いてくれます。
④ 調停が不成立なら訴訟提起
調停でも話し合いがまとまらなければ、地方裁判所に遺留分侵害額請求訴訟を起こします。裁判では、裁判官が双方の主張を聞いたうえで、遺留分侵害額を算定し、支払いを命じます。
2.遺留分侵害額請求権の時効は1年
遺留分侵害額を請求できる権利を「遺留分侵害額請求権」といいますが、この権利には1年の時効があります。すなわち、遺留分侵害額の請求をできることを知ってから1年以内に請求しなければ、権利が消滅し、遺留分を請求できなくなってしまうのです。
そのため、侵害を受けている遺留分があるとわかった場合は、早めに請求することをおすすめします。
相続の対象が不動産しかない場合の遺留分に関するよくある質問
遺産が不動産のみの場合に、よくある質問とその回答について紹介します。
1.請求相手に現金がない場合どうすればよいでしょうか?
双方の合意さえあれば現物での支払いでもかまいません。遺留分に相当する共有持ち分を提供する方法で支払うこともできます。
また、双方が合意すれば、分割での支払いも可能です。
2.遺留分は相続人であれば誰でも請求できますか?
故人の兄弟姉妹には遺留分請求権はありません。他にも、以下のような人は請求できないため注意しましょう。
- 相続放棄をした人
- 遺留分を放棄した人
- 相続廃除や欠格者となった人
まとめ
今回は、相続の対象が不動産しかない場合の遺留分の計算方法や請求方法などについて解説しました。
不動産しかない相続の場合でも、遺留分は現金で支払うのが原則です。自分の請求できる遺留分侵害額を正しく算出し、時効期限内に請求しましょう。
また、遺留分侵害額の計算にあたっては、各財産の評価額を算定する必要があります。特に不動産は、評価方法がいくつかあるため遺留分額についての争いが生じやすいでしょう。当事者同士での話し合いがこじれそうな場合は、早めに専門家や専門業者に相談することをおすすめします。
当社では、不動産相続に関するさまざまな相談に対応しております。「不動産をどのように相続するべきかわからない」「相続した不動産を売却すべきか迷っている」などという相談にも対応しておりますので、お気軽にご相談ください。
クラッチ不動産株式会社代表取締役。一般社団法人住宅ローン滞納問題相談室代表理事。立命館大学法科大学院修了。司法試験を断念し、不動産業界に就職。住友不動産販売株式会社・株式会社中央プランナーを経て独立、現在に致る。幻冬舎より「あなたを住宅ローン危機から救う方法」を出版。全国住宅ローン救済・任意売却支援協会の理事も務める。住宅ローンに困った方へのアドバイスをライフワークとする。
監修者: 井上 悠一