親から生前贈与をしてもらった兄弟姉妹が、相続でも多額の財産を得ようとしている場合、「生前贈与と相続分を合わせると、相当な不公平が生じるのではないか」などという不満を感じている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
生前贈与や遺言による遺贈などによって、相続人の間で不公平が生じた場合、「特別受益」を主張することにより、不公平を解消できる可能性があります。
今回は、特別受益の概要、該当する主なケースと該当しないケース、特別受益を受けた相続人がいる場合の対処法などについて解説します。
特別受益とは
まずは特別受益の制度の概要について理解しておきましょう。
1.特別受益は被相続人から受けた特別の利益のこと
特定の相続人が、被相続人から受けた特別の利益を「特別受益」といいます。対象となる贈与の方法は、生前贈与のほか、遺言による遺贈、被相続人の死亡を契機とする死因贈与です。贈与を無視して通常通りの遺産分割を行えば、相続人の間で大きな不公平が生じます。
2.相続の公平性を実現するために設けられた
被相続人から贈与された財産が「特別受益」であることを認めてもらうことで、相続における不公平を解消できます。特別受益には「持ち戻し」という考え方があり、すでに受領した特別な贈与分を相続財産に含め直して遺産を分割できるからです。
特別受益に該当する主な贈与
特別受益とみなされる主な贈与には、以下の3つの種類があります。
- 婚姻や養子縁組のための贈与
- 生計の資本としての贈与
- 上記以外の多額の財産の贈与
それぞれの具体的なケースを説明します。
1.結婚の際の贈与
結婚の際に、多額の財産を贈与した場合は特別受益に該当します。持参金や支度金などは、家を離れる子どもに対する財産分与であり、相続財産の前渡しと判断されるためです。
ただし、結婚に関する贈与であっても、結納金や挙式費用などは特別受益とはみなされません。これらは慣例に従うものであり、多額でなければ扶養の範囲内とみなされるからです。
2.養子縁組のための贈与
子どもの養子縁組に伴い、実親から持参金として贈与された多額のお金は、特別受益に該当します。結婚の場合と同様に、相続財産の前渡しと判断されるからです。
3.居住用不動産の贈与
居住用の土地や建物などの不動産や、購入のための資金の贈与は、「生計の資本としての贈与」に該当し、特別受益とみなされます。
ただし、配偶者への贈与は、2019年(平成31年)に施行された改正民法によって、持ち戻しをする必要がなくなりました。
4.大学以上の学費や留学費用の贈与
高校卒業後にかかる学費は、扶養の範囲を超えるとみなされ、特別受益に該当すると考えられます。具体的には専門学校や大学院の学費、留学費用などです。
ただし、学費については、どこまでが扶養の範囲といえるか、個別のケースによって違います。そのため、特別受益に該当するかどうかは、個々の事情を踏まえて、個別に判断されます。各家庭の収入や家柄、教育水準、社会環境などによって異なる判断が下されるでしょう。
5.扶養の範囲を超える生活費の贈与
高級車を贈与した、借金を肩代わりした、高額の生活費を援助したなど、明らかに扶養の範囲を超える財産の贈与は特別受益に該当します。
少額であれば該当しませんが、高額である場合は、相続の際に持ち戻しの対象となるでしょう。
特別受益に該当しない贈与
以下のような場合は、多額の贈与があっても特別受益とはみなされません。
1.法定相続人以外への贈与
法定相続人とは、法律で定められた相続人のことです。基本的に以下の人が該当します。
- 配偶者
- 子ども(第1順位)
- 親(第2順位)
- 兄弟姉妹(第3順位)
配偶者以外の人には相続順位があり、ご自身より上位の人が存在すれば、相続人にはなれません。
なお、亡くなった人が法定相続人以外の人に多額の財産を贈った場合は、特別受益には該当しません。例えば、子どもが健在である場合に、孫に生前贈与をしても特別受益とはみなされません。ただし、実質的に子どもへの贈与とみなされる場合などは、特別受益と判断される可能性があるため注意しましょう。
2.生命保険金や死亡退職金
被保険者が亡くなった際に支払われる死亡保険金や死亡退職金などは、原則として特別受益に該当しません。これらは亡くなった被保険者の財産ではなく、受取人の財産として考えられるためです。ただし、その額があまりにも多い場合は特別受益とみなされ、遺産分割の際に考慮される可能性もあります。
3.持ち戻し免除の意思表示をしていた場合
たとえ特別受益とみなされるような贈与があったとしても、亡くなった方が遺言などで持ち戻しの免除について言及していた場合、それに従います。これは民法で定められた決まりであり、特別受益分を持ち戻す必要はありません。特別受益はなかったのと同然の扱いになり、通常通りの遺産分割を行います。
4.「おしどり贈与」に該当する場合
配偶者間での以下のような「おしどり贈与」が行われた場合は、特別受益とはみなされません。
- 居住用不動産、またはその購入資金の贈与であること
- 婚姻期間が20年以上の夫婦の間での贈与であること
- 贈られた側が、贈与を受けた翌年の3月15日までに贈与された不動産に居住し、その後も住み続ける予定であること
- 贈与のあった翌年の2月1日から3月15日までに贈与税の申告をすること
ただし、同じ夫婦間でこの処遇を受けられるのは一度限りであることに注意しましょう。
特別受益がある場合の遺産分割の方法
特別受益は、遺産分割の際に「持ち戻し」をします。特別受益がある場合の遺産分割の方法について説明します。
1.特別受益は持ち戻される
持ち戻しとは、特別受益とされる贈与分を相続財産に含めることです。亡くなった方が残した遺産に、特別受益分を加えて遺産分割をします。
以下のようなケースで、それぞれの相続分はどうなるか考えてみましょう。
【例】
相続財産:6,000万円
相続人:長男・次男・三男
特別受益:長男へ居住用不動産購入費の補助として3,000万円を生前贈与
特別受益を持ち戻すことになるため、相続財産としてみなす金額は以下のように計算できます。
6,000万円+3,000万円=9,000万円
遺産分割の対象となるのは9,000万円であるため、相続人一人当たりの相続額は以下のとおりです。
9,000万円÷3人=3,000万円
長男は、亡くなった方からすでに3,000万円の生前贈与を受けているため、相続発生後の遺産分割で受け取れる額は0円です。相続人ごとの相続分と生前贈与の金額をまとめると以下の表の通りになります。
相続人 | 相続発生後の遺産分割での相続分 | 生前贈与 |
---|---|---|
長男 | 0円 | 3,000万円 |
次男 | 3,000万円 | 0円 |
三男 | 3,000万円 | 0円 |
合計 | 6,000万円 | 3,000万円 |
2.遺留分侵害額請求の対象にもなる
遺留分とは、兄弟姉妹以外の法定相続人に対して法律で取得が保証された遺産の割合です。特別受益についても、遺留分が侵害されていれば、その侵害額の支払いを請求できます。
ただし、遺留分請求の対象となる特別受益には制限があり、相続が開始するまでの10年の間に贈与された分に限られます。例えば、亡くなる15年前に1億円の生前贈与をしていても、遺留分の請求はできません。
また、相続人以外にされた贈与については特別受益にはなりませんが、亡くなる1年以内の期間に行われた生前贈与分については遺留分の対象になるので注意しましょう。
特別受益を受けた相続人がいる場合の対処法
実際に特別受益を受けた人がいる場合、公平な相続を実現するためにはどのように行動すればよいのでしょうか。具体的な対処法について説明します。
1.証拠を用意して話し合う
まずは特別受益であることを、贈与を受けた本人に認めてもらう必要があります。そのためには客観的に事実を証明することが大切です。亡くなった方の財産が、いつ、誰に、どれくらい贈与されたのかがわかる資料として以下のものを用意しましょう。
- 亡くなった方の預金通帳や残高証明書
- (不動産の場合)登記簿謄本、査定書、売買契約書など
証拠を用意できたら、当事者同士で話し合いをしましょう。遺産分割協議を行い、特別受益の持ち戻しによる分割を提案します。分割方法について全員が合意すれば、遺産分割協議書を作成し、決定した内容を記載しておきましょう。
特別受益であることを示す証拠が手に入らない場合は、専門家に相談して、証拠の収集方法や他に利用できる証拠などについてアドバイスを受けるとよいでしょう。
2.話がまとまらない場合は裁判所手続きを利用する
特別受益を受けた本人が納得せず、当事者同士で話しても解決できない場合は、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てることを検討しましょう。
調停とは、調停委員と呼ばれる専門家が間に入って、もう一度当事者同士で話し合いをする手続きです。第三者が間に入ることで当事者が冷静に話をしやすくなり、調停委員は法律的な面から解決策を提案してくれるため、解決に至る可能性が高まります。
調停が成立しなかった場合は、審判手続きに移行し、裁判所が判断を下します。ご自身の希望通りになるかどうかはわかりませんが、何らかの結論が下されるため、決着はつけられるでしょう。
まとめ
今回は、特別受益の概要、該当する主なケースと該当しないケース、特別受益を受けた相続人がいる場合の対処法などについて解説しました。
公平な遺産分割の実現のためには、特別受益について正しく理解し、対処することが大切です。贈与を受けた人に対する不満を残さないためにも、特別受益に該当する贈与があった場合は、適切な方法で主張し、禍根を残さないようにしましょう。相続を巡るトラブルを避けて、適切な方法で対処するためには、専門家に相談しながら進めることが望ましいでしょう。
当社では、不動産相続に関するさまざまな相談に対応しております。不動産の相続に関してお悩みのことがございましたら、お気軽にご相談ください。
クラッチ不動産株式会社代表取締役。一般社団法人住宅ローン滞納問題相談室代表理事。立命館大学法科大学院修了。司法試験を断念し、不動産業界に就職。住友不動産販売株式会社・株式会社中央プランナーを経て独立、現在に致る。幻冬舎より「あなたを住宅ローン危機から救う方法」を出版。全国住宅ローン救済・任意売却支援協会の理事も務める。住宅ローンに困った方へのアドバイスをライフワークとする。
監修者: 井上 悠一