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2024.09.17

生前贈与(特別受益)の持ち戻しとは?制度の概要、法改正について解説

生前贈与(特別受益)の持ち戻しとは?制度の概要、法改正について解説

「親から多額の学費の援助を受けた弟と相続分が同額なのは納得できない」「親から自宅を譲り受けた姉が、他の相続人と同額分の遺産を得ようとしている」など、不公平な遺産分割に不満を感じている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

生前贈与による相続の不公平を解消するためには「特別受益の持ち戻し」という制度を利用するとよいでしょう。この制度を利用すれば、生前贈与分を考慮した上で、遺産分割を行うことが可能になります。

今回は、特別受益の持ち戻しの概要、特別受益の持ち戻しを計算する手順、特別受益に関する法改正、特別受益と生前贈与加算などについて解説します。

特別受益の持ち戻しと遺産分割の基礎知識

まずは、特別受益とはどのような制度なのか、「特別受益を持ち戻す」とはどのような意味なのか説明します。公平な遺産分割を実現するためにも基本を押さえておきましょう。

1.特別受益の持ち戻しとは

特別受益とは、被相続人が特定の相続人に生前贈与した財産のことです。特別受益は、本来なら遺産に含まれるはずの財産だと考えられます。これを考慮することなく、通常どおりに遺産分割をした場合、被相続人の財産の配分に偏りが生じます。

この不公平を解消するための考え方が「特別受益の持ち戻し」です。「特別受益の持ち戻し」とは、特別受益に該当する生前贈与を、他の遺産と合算して分割することをいいます。「特別受益の持ち戻し」を行うことにより、相続発生後の遺産分割における生前贈与を受けた人の取り分は必然的に少なくなり、相続人の間での不公平は解消されます。

2.対象になる特別受益に期間の制限はない

特別受益の対象となる贈与には時効のような期限はありません。そのため、何十年前の贈与であっても特別受益となります。

ただし、裁判などの法的な場で認められるためには、贈与契約書など実際に贈与があったことを証明できる書類が必要です。

3.遺留分侵害額請求の対象にもなる

遺留分とは、兄弟姉妹以外の法定相続人に認められる、最低限取得できる遺産の割合です。遺留分を算出する際も、特別受益を含めることができます。特別受益の持ち戻しをして遺産総額を算出し、遺留分侵害額を請求しましょう。

特別受益の持ち戻しを計算する手順

特別受益の持ち戻しは、どのように計算すればよいのでしょうか。特別受益の持ち戻しを計算する手順を紹介します。

1.遺産総額に特別受益を加算し、みなし相続財産の額を求める

まずは「みなし相続財産」を算出します。これは特別受益分を遺産総額に加えた金額です。

  • みなし相続財産=遺産総額+特別受益

遺産総額とは、預金や不動産などプラスの財産だけではなく、借金などマイナスの財産も含めた全遺産の総額をいいます。各財産の相続税評価額を算出して計算しますが、不動産や株式がある場合は計算が複雑で難しいかもしれません。自分で調べてもわからない場合は専門家に相談しましょう。

2.法定相続分どおりに遺産分割をする

次に、みなし相続財産を法定相続分どおりに分割します。法定相続分は相続人とその構成パターンによって異なります。主なパターンとそれぞれの法定相続分を以下の表にまとめました。

相続人のパターン 各人の法定相続分
配偶者と子ども 配偶者:1/2

子ども:1/2を子どもの数で等分

配偶者と親 配偶者:2/3

親:片親の場合は1/3、両親の場合は1/6ずつ

配偶者と兄弟姉妹 配偶者:3/4

兄弟姉妹:1/4を兄弟姉妹の数で等分

子どものみ 相続人の人数分で等分
親のみ 相続人の人数分で等分
兄弟姉妹のみ 相続人の人数分で等分

3.特別受益を受けた人の分から特別受益分を引く

特別受益を受けていない人は、法定相続分どおりの金額を受け取ります。一方、特別受益を受けた人は、法定相続分から生前贈与を受けた分を引いた額しか受け取れません。

  • 特別受益を受けていない人の相続分=法定相続分
  • 特別受益を受けた人の相続分=法定相続分-特別受益分

4.特別受益の持ち戻しの計算例

より理解を深めるために、具体的な事例を用いて計算してみましょう。

【特別受益の持ち戻しの計算例】

相続人:長男、次男、三男

遺産総額:8,000万円

特別受益:長男へ生前贈与された評価額4,000万円の不動産

  • みなし相続財産=8,000万円+4,000万円=1億2,000万円
  • それぞれの法定相続分=1億2,000万円✖️1/3=4,000万円
  • 長男、次男、三男の相続分

長男=4,000万円(法定相続分)-4,000万円(特別受益分)=0円

次男=4,000万円(法定相続分)

三男=4,000万円(法定相続分)

持ち戻しの対象となる特別受益に該当しないもの

遺産分割で持ち戻しとなる特別受益には時効もないため、生前贈与であれば、原則として全てが該当します。しかし、例外として以下のような場合は該当しません。

  • 被相続人が特別受益の持ち戻し免除の意思表示をしていた場合
  • おしどり贈与であった場合

被相続人の遺した遺言書などに、特定の相続人に対して行った生前贈与について特別受益の持ち戻しを免除する旨の記載があった場合は、それに従います。民法でそのように定められているからです。

また、婚姻期間が20年以上の夫婦間で行われた居住用不動産の生前贈与についても、原則として持ち戻しはされません。これは「おしどり贈与」と呼ばれるもので、2019年7月に施行された改正民法によって定められたものです。

これらに該当する生前贈与は、遺産分割時の持ち戻しの対象にはなりません。

特別受益に関する法改正

近年、相続に関する法律についていくつかの改正がありました。特別受益に関連する主な改正の内容について説明します。

1.特別受益を主張できる期間は10年に

民法の改正により、2023年4月から、遺産分割協議で特別受益を主張できる期間に10年という期限が設けられました。つまり、相続発生から10年以上経過しても遺産分割協議が成立していない場合には、特別受益の持ち戻しはしないまま遺産分割をすることになります。どんなに多額の生前贈与があっても、通常どおり遺産分割するしかありません。

ただし、相続人全員の同意があれば、相続発生から10年が経過していても持ち戻しを認められます。

2.遺留分の請求対象に含められる特別受益は10年以内に

2019年7月1日からは、遺留分の対象に含められる特別受益には、相続発生前の10年間という期限が設けられました。それ以前の古い生前贈与は、遺留分侵害額計算をする際の対象からは外して考えます。

ただし、期限が設けられたのは、遺留分の請求対象についてです。遺産分割の対象となる生前贈与については期限がなく、どんなに昔に行われた贈与であっても持ち戻しの対象となります。

3.おしどり贈与制度

2019年7月1日施行の改正民法では、「贈与税の配偶者控除の特例」(通称、「おしどり贈与」)という制度が設けられました。以下の要件に当てはまれば、生前贈与をしても特別受益の持ち戻しの対象外となり、2,000万円まで贈与税がかかりません。

【おしどり贈与の適用要件】

  • 婚姻期間が20年以上の夫婦である
  • おしどり贈与の利用が初めてである
  • 受贈者が、贈与を受けた年の翌年3月15日までに居住し、その後も居住を続ける見込みである
  • 贈与されたものが居住用不動産、またはそれを取得するための金銭
  • 贈与税の申告をした

「おしどり贈与」は、残された配偶者の経済的な不安を軽減することを目的として設けられた制度です。この制度が設けられる前は、居住用不動産の生前贈与を特別受益とすることで、残された配偶者に分割される遺産が減り、その先の生活が苦しくなってしまうことが問題となっていました。この制度により、このような問題を未然に防ぐことが可能になりました。

特別受益は相続税の生前贈与加算の対象になることも

特別受益に該当する生前贈与は、遺産分割だけではなく、相続税においても問題になります。

1.7年以内の生前贈与は相続財産に含めて計算すること

被相続人が亡くなる7年以内に行われた生前贈与は、原則として相続税の課税対象とされます。これを「生前贈与加算」と呼び、特別受益の持ち戻しと同様、相続発生時点の遺産に含められます。

例えば、被相続人が2020年7月1日に亡くなったとすると、2013年7月1日以降に生前贈与された分は相続税の対象です。一方、2013年6月30日以前に行われた生前贈与は対象外となります。

2023年以前は、課税対象となるのは亡くなる3年以内の生前贈与でした。しかし、法改正により、2024年以降は7年以内の生前贈与に変更されました。

ただし、延長された4年から7年の間の生前贈与分については、100万円が課税対象から控除されます。

2.生前贈与の方法と生前贈与加算

生前贈与の方法には、「暦年贈与」と「相続時精算課税制度」の二つがあります。それぞれの贈与税と相続税の扱いは以下のとおりです。

贈与方法 贈与税 相続税
暦年贈与 110万円まで非課税 亡くなる7年前までに行われた生前贈与が課税対象
相続時精算課税制度 ・年110万円まで非課税

・累計2,500万円まで非課税

どの時点で行われた生前贈与も課税対象

暦年贈与による生前贈与については、亡くなる7年前までに行われた分についてのみが生前贈与加算の対象です。

一方、相続時精算課税制度による生前贈与であれば、対象となる贈与に期限はなく、いつ行われたものであっても相続税の課税対象とされます。

まとめ

今回は、特別受益の持ち戻しの概要、特別受益の持ち戻しを計算する手順、特別受益に関する法改正、特別受益と生前贈与加算などについて解説しました。

「特別受益の持ち戻し」は、相続における不公平を解消するための制度です。生前贈与分も遺産とみなし、その分も含めて遺産分割を行うことになるため、平等な相続を実現しやすくなるでしょう。

ただし、特別受益の持ち戻しを考える際、生前贈与された財産が、不動産など評価額の算出が難しい財産であった場合、評価額をめぐってトラブルに発展する可能性もあるため、専門家に相談することをおすすめします。

当社では、不動産相続に関するさまざまな相談に対応しております。不動産の評価額などに関する相談にも応じておりますので、ぜひお気軽にご相談ください。

井上 悠一

クラッチ不動産株式会社代表取締役。一般社団法人住宅ローン滞納問題相談室代表理事。立命館大学法科大学院修了。司法試験を断念し、不動産業界に就職。住友不動産販売株式会社株式会社中央プランナーを経て独立、現在に致る。幻冬舎より「あなたを住宅ローン危機から救う方法」を出版。全国住宅ローン救済・任意売却支援協会の理事も務める。住宅ローンに困った方へのアドバイスをライフワークとする。
監修者: 井上 悠一